以前、河谷海山さんに紹介していただいた、**小田雅久仁著『禍(わざわい)』**を拝読しました。
微ネタバレありの感想です! これから読まれる方、内容に触れたくない方はご注意ください。
私はこれまでホラーというジャンルに触れずにおりました。子どもの頃の「ちょっと怖いな」という思いから、大人になった今の超常現象に対する現実的な視点、そのあいだに触れる機会があまりなかったのがホラーでした。 今回、河谷さんにおすすめいただき、ついにホラージャンルを解禁。
ちなみに今回、ホラーと同時に電子書籍も初デビューしました。 こちらのhontoというサービスを利用。丸善の書店とポイントが連動しているため、普段から丸善で本を購入する機会がある方は、ポイントを利用して電子書籍を購入できます。
初めてのホラー、電子書籍
今作は「人体」という共通点がある7つの短編がまとめられた作品。 ホラーと聞いて想像するのは「明確な恐怖対象が存在し、呪って祟って暴れまわる」というイメージでしたが、今作は「自分の身体や日常をじわじわ浸食していく」という、SFにも近い印象でした。
星新一の短編集や、乙一などを読んだことがある方は、世界観にすんなり入りこめて楽しめる気がします。読後は恐怖だけではない、ねっとりとした不快感や喪失感、ノスタルジーまでもを感じさせる作品もあり、「ホラー」の一言で終わるには勿体ない短編集です。
電子書籍で購入して良かったと思う点は、短編集なので空き時間にさっとスマホを取り出して世界観に没入できることでした。日常の隙間にこの作品を読むことで、現実世界の裏側にあるかもしれない景色を想像して楽しむことができました。
逆にすぐ離脱できるところも良かったです。この作品は少々性的な描写もあり、お洒落な美容室で読んでいた時、おもむろに始まる下ネタ描写にコーヒー吹きそうになりました。
詳しくは後述しますが、特に最初の物語に入り込むには、書籍で読むのもおすすめ。
本編内容(ネタバレあり)
作品ごとの感想です。ここからは物語の内容に軽く触れていきます! これから読まれる方はご注意ください。
食書
衝撃の第一編。この作品をトップバッターに選んだところがもう凄い。題名からも分かるように「書を食べる」話です。食べる、という部分が大きなテーマでありつつも、ストーリー全体において「排泄」がキーワードとして散りばめられており、確かに人体の構造は食べる=排泄までがセットであることに気がつきます。
読了後、何とも言えない後味の悪さを感じる作品でしたが、きっと読者にこんな気持ちになってほしかったんだろうな、とも思うので、作者の手のひらで転がされているようにも感じる第一編でした。飲食しながら読むのはおすすめしません。読書のお供に……と、レモネードを準備するのはやめたほうがいい気がする。ちなみに私はスタバで読みました。
読む人を選びそうな作品を先発でドーンと持ってくる采配に拍手したい!
耳もぐり
この短編集のなかで最もドラマ化しそうな、SFやミステリーの色を感じる作品。他人の耳の中から侵入して人を操る男たちのお話。よく幽体離脱のように他人に乗り移る設定は見かけるけれど(心転身の術のような)、耳から入るという発想はとても新鮮。「耳」がテーマでありながら、手の動きも大事な鍵となっており(実際、指が「鍵」として使われています)人体をテーマにしたこの本における顔のような作品だと思います。
「自分だったらアイス屋の店員になるかも……」という私の安直な想像(というか願望)をはるかに超える結末。なるほど、そんなことになっちゃうんだ。発想が凄いです。
喪色記
『耳もぐり』がドラマ化しそうな話であるとしたら、この『喪色記』はアニメ化あるいはゲーム化してほしい作品。この2作品は星新一のようなSF感があり余韻が残ります。個人的にかなり好きな作品。
この『禍』という本は全体的に、刹那的な怪奇というより、長いスパンで構成された怪奇が多い印象。登場人物の人生(あるいは世界全体)を浸食し、何年もの歳月をかけて蓄積した怪奇がラストに向かっていく様子は、二度と戻ることのできない日常へのノスタルジーを感じさせます。
引きこもっていた青年がある日、世界を背負った選ばれしものになる、そんなお話。読み進めるうちに読者までもが現実との境界が曖昧になり、知らぬ間に世界を塗り替えられている。敵は「灰色の獣」という、世界から色を奪う存在。ミヒャエル・エンデの『モモ』でも灰色の男が恐怖の象徴として描かれていますが、灰色への印象は世界共通なのかもしれないと思いました。
柔らかなところへ帰る
『耳もぐり』『喪色記』と来て、子どもたちがパズルで遊んでいるのを見守りながら「ママちょっとスマホで本読んでもいい?」と言いながら開いたのがこの作品。ひっくり返りました。衝撃作がまさに突然「ちょっとよろしいですか?」と割って入ってきた。
路線バスの中で出会った気味の悪い女と、あれこれするお話。これを映像化してしまったら、完全に企画もののアレになります。描写がリアルで、似たような芸能人で脳内再生されるのがなんかとてもイヤだったし、確実に子どものパズルを見守りながら読んでいい作品ではなくて笑ってしまった。 きっと読者の「何じゃこりゃ」「気味悪っ」という気持ちも想定内で、この本は全編通して色々な感情を呼び起こさせる面白さがある作品だと思いました。そもそもホラーって気味が悪い話だものね。『喪色記』がいい話すぎて、ちょっと忘れてた。その油断すらも作者の計算だったら、凄い作品です。
農場
この物語が一番好きです。家も仕事も失った若者が「ハナバエ」という得体の知れないものを育てる農場に連れていかれ、住み込みで働くお話。
この話の感想を書くにあたって、どこまで内容に触れていいのか、これを書いている今も迷っています。ネタバレ宣言しておきながらも、ぜひ実際に読んでいただきたい気持ち。
農場で働く人々、農場の環境、主人公の青年の生い立ち。その傍らにある本や図書室は「知を持つ人間らしさ」の象徴のようで、ハナバエへのアイロニーを感じて切なくなる。すべてを失っていたと思える主人公でも、人間とハナバエの間には明確な違いがあり、長い時間を繰り返していく。
私の好きな作品『スカイ・クロラ』に似たものを感じるんですよね……。 この作品が一番おすすめです。
髪禍
この物語も面白かったです。ゲーム化したら面白そう。
「髪」を祀る宗教に潜入するお話。設定や描写が詳細で、異様な情景が目に浮かぶので、一番想像力が湧く物語でした。「後継者」のラストの姿が本当に美しく、ぜひ映像化してほしいです。
私は宗教2世・3世として生まれつつも自身は何も信仰しておらず、小さい頃から宗教は身近でありながら客観視しているため、宗教施設への潜入シーンや信者の女(藤野)とのやりとりの描写には共感がありました。ホラーに共感って……。
そんな既視感のある宗教施設でのシーンは、思った以上に教祖と後継者の大暴れだったので、爽快感すら感じました。これくらい突き抜けた宗教だったら信仰してもいいかもなと、そんな目線で読んだ物語でした。目線の場所たぶん違う。
裸婦と裸夫
最後の作品。冒頭でも書きましたが、これを読んだのは行きつけのお洒落な美容室でした。縮毛矯正をあてている間にコーヒーをサービスで淹れていただき、静かなひとときを楽しみながら開いた物語。突然素っ裸になる症状があらわれた人々が、街を全裸で狂乱するパニックストーリーでした。コーヒー吹くわ。
作者の小田雅久仁さんもインタビューで話しているけれど、とてもスピード感のあるお話でした。
小田雅久仁さん『禍』インタビュー:怪奇小説の一番怖い終わり方とは? | ほんのひきだし「小田雅久仁さん『禍』インタビュー:怪奇小説の一番怖い終わり方とは?」についての記事です。hon-hikidashi.jp
最後の最後、ここまで来て確信したけれど、この作品やっぱり笑いたいときは笑っていい本なんだな!?と思いました。だって面白いんですもの。これまでの物語だって、共感したり、ノスタルジーを感じたり、簡単に「ホラー」だけでは言い切れない魅力があったのがこの本です。
狂騒曲のようなドタバタからのラストは、美しく静かに遠い世界を描いており、これでこの本は終わりなんだな……と感慨深くなる読書体験でした。
まとめ
きちんと向き合うのが初めてだったホラージャンル、大変貴重な体験でした!河谷さん、お薦めいただきありがとうございました!!
著者の小田雅久仁さん、絶対面白い作家さんだと思うので、エッセイとか日常のあれこれも読んでみたいです。これから注目していきたいです!
